なんとかならへんの?って思うこと。
みなさま、こんばんは。
毎日毎日暑くてうんざりしますね。
夏の暑さが大嫌いな私にとっては過酷な季節の到来です。
こんな風に蒸し暑さが続きますと、普段はなんとかやり過ごせていることにも、イライラが募ったりしませんか?
今日は私が最近、「なんとかならへんのっ?」ってキレ気味な事象についてのお話し。
1.掃除機のコード。
いきなりくだらなくて卑小な例で申し訳ありませんが、でも主婦にとりましては、ちっともくだらなくはないのです。掃除機のコード巻き取り問題。
これ。
(←写真はネットからお借りしました。)
毎朝掃除機をかけ終わって、掃除機を片付けようと思ったら、かなりの高確率でコードの巻き取りが中途半端になります。
これって、ほんっとーに、イライラするんですよね。
いちいちまたコードを引き出して、巻き上げボタンを押して。
コードをきれいに拭いてあげるとマシになるって聞いて試してみましたが、さほど効果は感じられず…我が家の掃除機は古すぎるのでしょうか。
この頃はもう、きちんと巻き取ること自体をあきらめております。
「ちょろっと舌がはみ出てるワンコってかわいかったりするじゃない、このコードはワンコの舌だ!」
という謎の思い込みを発動させております。
・・・欺瞞とも言います。
2.スーパーのレジ袋。
またまたどうでもいい話しですけれど。
スーパーのレジ袋。あれって一発でスルっと開くこと、できます?
私ね、無理なんですよ…。
は?年だからだろうって?
・・・む。
そうなんですけどっ!
だからなるべくエコバッグを持ち歩いて、レジ袋をもらわないようにしてるんですが、やっぱりたまにもらうこともあるじゃないですか・・・。
そのたびに、なかなか開くことができなくて、荷物を詰めるサッカー台の前で、レジ袋を延々とシャワシャワモミモミしています。
サッカー台には濡れタオルなんかが常備されていますけれど、以前、若いママさんが、子どもさんの鼻水をあの濡れタオルで拭いているのを見てから、一切触れなくなりました。
だからって、自分の指をなめるとかもイヤじゃないですか。ねえ?
ちなみに関西ではおなじみ、「ライフ」っていうスーパーのレジ袋は、いつもとても簡単に「するり」と開くのです。快適です!どこのスーパーもおんなじ素材を使ってほしいと思う今日この頃です。
3.チューブ問題。
こんなの。
歯磨き粉、日焼け止めクリーム、ファンデーション、洗顔料・・・
こういうタイプの容器に入っていることが多いですけど、いつも最後に、
「あともうちょっと!」だけ中身が残ってしまう気が。
ハサミで切って中身を最後まで使い切りたいのですが、そうするとハサミが汚れるし、できたら最初から、容器の真ん中にファスナーでもついててくれたらいいのにな、っていつも思います。
4.小・中学校のクラス問題。
いつも思うのですけれど、日本の小・中学校って、クラスの縛りがきつすぎるんじゃないのかなって気がするのです。
1日6時間、ずーっとおんなじメンバーと、お勉強。
これってなかなかのストレスだと思います。
特にいじめなんかがある場合には。
小学校も高学年になると、算数の授業は習熟度に合わせて、従来のクラスとは別のクラスを編成して授業を行ったりしているのですから、いっそこのクラス編成を大幅に拡大してはどうかなと思うのです。
低学年では難しいかもしれませんが、高学年になれば、教室移動もさほど混乱するとは思えません。
音楽や体育は履修の順番をあえてずらしてクラスを作るとか、
算数だけでなく、国語や理科でも習熟度別にクラスを分けるとか。
いじめっ子と一緒にいなければいけない時間を、少しでも減らせれば、それで校内でひと息つけるお子さんもたくさんいるのではないかと思うのです。
その効果を思えば、クラス編成の煩雑さは、許容範囲ではないでしょうか?
それでもまだいじめの被害が甚大であるなら、
それこそ年度内のクラス替えだって、あっていいと思いませんか?
いじめを受けているお子さんが違うクラスに編入してもいいし、
いじめっ子が複数いるなら、そのお子さんたちをバラバラのクラスにばらけさせてもいい。
あの固定的な「クラス」というものの圧力が、今のいじめをより深刻なものにしている側面は絶対にあると思うのです。
それをもっとゆるやかに、変更可能なものとして運営していく。
いじめを受けているお子さんに、
「逃げてもいいよ」
「つらいなら学校に行かなくてもいいよ」
という言葉を投げかけるのは、私は「緊急避難的」なものだと考えています。
だって、教育を受けることは、そのお子さんの「権利」なのですもの。
被害者であるはずのお子さんが、その権利を放棄しなくてはいけない状態は、個人的に悔しくてなりません。
いじめとは、悲しいことになくならないし、これからも発生することでしょう。
道徳的教育だけで、子どもたちにいじめをしないように導くことは、とても難しい。
ならば、いじめが発生したときに、被害を受けている子どもたちに、それでもなんとか学校に通い続けさせるためにはどうすればいいのか、その方策をそろそろ本気で考えてもいい時期なのではないかと思うのです。
クラスの中で、たとえいじめを受けていたとしても、次の時間には別のクラスで授業を受けられる。
休み時間は教室移動で忙しくて、そもそもいじめっ子が誰かをかまっているヒマがない。
それでもつらい時には、いじめっ子と違うクラスに変わることができる。
どうしてみんなおんなじクラスでずっと一緒にいなくてはいけないのでしょう。
どうせおんなじ教科書で学ぶのですから、どの教室で勉強しても同じではありませんか。
年度初めに決められたクラスにこだわって、そこから一歩も動かさないというのは、大人の側の都合でしかないような気がします。
本音を言えば、あまりにもひどいいじめをする児童・生徒に関しては、出席停止などの処分も考えるべきだと思います。
もちろん、そんな子どもたちにも学ぶ権利はあるのですから、出席できなかった日数については、可能な限り補講などを行うべきでしょうけれど、それでも間に合わない場合、あえて留年させる制度があってもいいかと思います。
ほとんどのお子さんは留年よりも転校を選択するでしょう。
きついペナルティに感じられるかもしれませんが、被害者にだけ逃げることを推奨するのはフェアではないと思うのです。
長くなりました。
くどくどと、ついつい長いおしゃべりをしてしまうところが私の悪いクセです。
最近は、仕事が立て込んでいて、そのことで頭がいっぱい、
それなのに、うっかり引き受けてしまったPTAが意外とややこしくて疲労困憊の毎日です。
小学校や中学校のころならともかく、高校でのPTAがこんなに大真面目だなんて、想像もしませんでした・・・。
今も鳴りやまない連絡のLINE・・・悪夢です。そして恐怖です。
心の底から、
そんなのどうでもいいんだー!!!
と、叫びたい・・・。
どうってことない普通の公立高校なのにぃ・・・。
なんでいちいち親が出ていかなきゃならないのよっ!
子どもたちにやらせたらいいじゃないのー!もう高校生なんだからっ!
と言えたらどれだけいいか…(←今、一番「なんとかならへんの?」と思っている問題。とほほ。)
「はてな」にもなかなか顔を出せなくなって随分経ちました。
心配してくださったみなさま、本当にありがとうございました。
私も、「しばらく更新・ブログめぐりができません」って記事を出そうかなーとは思ったんですよ?
でも、そんなのを書いて、みなさまから
別に待ってねーし!
自意識過剰なんじゃないのー?
ぺっぺっ。
って思われたら、ちょっとショックじゃないですかー。
なので、すっかりご無沙汰をしてしまいました。
今の調子だと、まだまだ「はてな」に完全に戻ることはできそうにないのですが、
不定期で、ふらふら現れるかもしれません。
できましたら、どうかその折は、よろしくお願い申し上げます。
ゾロリだけじゃない。絵本を卒業するお子さんにオススメしたい児童書3選。
みなさま、こんばんは。
先日は赤ちゃん絵本「もこもこもこ」の紹介記事にお付き合いくださってありがとうございました。
どんな赤ちゃんにも喜んでもらえる赤ちゃん絵本。
「もこもこもこ」を一度手に取れば、どんな絵本が赤ちゃんの心にフィットするのか、わかるようになるのですが、難しいのはその先。
最初は一様に本が大好きだった赤ちゃんも、そのうち本好きなお子さんと、本嫌いなお子さんとに分かれていきます。
なので、今日お話ししたいのは、絵本ではなく児童書のお話し。
いきなり自分でつけたタイトルを全否定するようですけれど、
私自身は、「絵本を卒業する」必要ってないと思っています。
大人が読んでもはっとさせられたり、感動したり、最近の絵本はものすごいパワーを持っていますから。
ただ、子どもたちが小学校で必ず遭遇する「図書の時間」ってやつね、
あの時間で、子どもたちは先生から、
「今日は絵本以外の本を選びましょう」
なんて指示を受けたりするのです。
「図書」の時間は「国語」の授業の一環ですから、いつもいつも自分が読みたい本を自由に選ぶというわけにはいきません。
なので、本が苦手、というお子さんでも絵本ばかりではなく、多少ボリュームのある本を読まなくてはならない時期がやってきます。
で、読書が苦手なお子さんが、かなりの高確率で手に取る児童書というのが、これ。
そう、言わずと知れた「かいけつゾロリ」シリーズ。
原ゆたか氏作、30年もの長きにわたって子どもたちの心をわしづかみにしてきた大ヒットシリーズです。
なんと既刊約60巻・・・それが小学校の図書室には2セットとか3セットとか置いてありますので、かなりのボリューム。
ただ、このゾロリシリーズですね・・・作者・原ゆたか氏のポリシーで、そのお値段が「子どもたちがお小遣いで買える価格帯」に抑えられているせいでしょうか、装丁が甘くて壊れる壊れる・・・図書ボランティアは本の補修も行うのですが、明けても暮れてもゾロリの補修に追われる日々。
落丁したページをカウンターの上に置かれていても、既刊60冊×3セットですよ?
どの本の落丁分かを調べるだけでもすんごい手間!(←小学校図書館あるある)
ゾロリがすごい本だということは、もうよーく、よーーーくわかっているのでゾロリは別格!殿堂入り!
ということで、今回は小学校に入学前、あるいは小学校低学年のお子さん向けに、オススメの児童書を「ゾロリ以外」で選んでみました。
1.「おばけマンション」シリーズ
むらいかよ著 ポプラ社 既刊42巻。
おばけの国からやってきたお姫様、モモちゃん。泣き虫ルイくんはモモちゃんに応援されてどんどん強くたくましくなっていきます。
ゾロリシリーズが好きなお子さんならきっとハマること間違いなし。
飽きさせないスピード感、魅力的な登場人物、それから笑える要素が満載。
せっかく買ったのに・・・の「ハズレ」感は絶対にありません。
絵柄的に女の子向けの傾向が強いように見えますが、男の子でも喜んで読んでくれると思います。
2.ほねほねザウルスシリーズ
ぐるーぷアンモナイツ著 岩崎書店 既刊17巻。
もともとは「カバヤ食品」から発売されているお菓子のおまけ、食玩のキャラクターだった「ほねほねザウルス」。それがお菓子の世界を飛び出して楽しい本になったシリーズ。
作中、迷路やクイズなども盛りだくさんで、男の子の間での人気は絶大かつ圧倒的です。
ゾロリを越えるか?!・・・目下、個人的に興味津々な問題です。
3.おしりたんていシリーズ
トロル著 ポプラ社 既刊4巻。
この本については、なにかを語る必要はない感じ。
「おしり」・・・この言葉が子どもたちを引き寄せる強さには、もはや呆れかえるほど。
これに勝とうと思ったら、あとは「うんこ!」しかないと思う・・・実際「うんこ!」って絵本も人気です。(お食事中の方、ごめんなさい。)
とにもかくにも「おしりたんてい」の人気は凄まじいものがあります。
子どもたちはいつもこの本の周りで大騒動。
だまされたと思ってぜひ。
・・・ま、大人でも「おしり」の好きな人はいますものね、誰とはいいませんけれど。ほほ。
ちなみに、「おしりたんてい」には絵本のシリーズもあります(既刊5巻)。もちろんそちらも大人気。
今回は本があまり好きではない小さいお子さん向けの本を選んでみました。
図書の時間に、
「なにを読んでいいかわからなくて」
図書室の中を、ただうろうろと歩き回って時間が過ぎ、借りたい本を見つけられずに先生に叱られているお子さんをたまに見かけます。
そんなお子さんにこそ、楽しく読める本を提示することが大事なのではないかな、と思います。(小学校で選書を担当する先生方にはぜひぜひその辺りを考えていただきたいな。宮沢賢治とか、椋鳩十ばっかり買うのはやめてほしいのです…いくら教科書に載っているからって、毎年1ミリたりとも動いてないからね…?)
ゾロリもそうですが、シリーズものの本が有用なのは、子どもたちが「この本ならきっとおもしろいはず」と安心して手に取ってくれるからでもあります。
本って、なんだか難しそう、退屈そう、というイメージを払拭するためにも、読書の入り口は楽しい方がいいような。
お誕生日のプレゼントや、入学祝いにも最適です。
おもちゃのギフトに飽きたらぜひ本のプレゼントも。
オススメです。
出産祝いに最適!絵本「もこもこもこ」の威力。
最近、本屋さんや図書館に行くと、当たり前のように
「赤ちゃんのための本」
ってコーナーを見かけます。
それを見ると、時代も変わったなーってしみじみしちゃいます。
私が子育て真っ最中だったころは、赤ちゃん用の絵本が出回り始めたばかりのころで、まだ一般的とは言えない時期でした。
かくいう私も、赤ちゃん用の絵本なんて、まったく知りませんでしたし、妊娠中にそろえたベビーグッズの中にも、もちろん絵本は入っていませんでした。
そんな私が赤ちゃん用の絵本に出会ったのは、娘が生後2か月のころ。
学生時代の友人が出産祝いにと、赤ちゃん用の絵本を大量に送ってくれたのがきっかけでした。
今でもそのラインナップは忘れられません。
「もこもこもこ」
「いないいないばあ」
「くだもの」
「かおかおどんなかお」
「ブルーナの0歳からの本」
「おててがでたよ」
正直に言うと、友人からのギフトが届いたときには、
「赤ちゃんに絵本?早すぎでは?」
と思いました。
だって、娘はまだ目が開いたばかり。確かに新生児のころよりは、1点を見つめることができているような感じではありましたが、絵本を見て何かを理解できるとはまったく思えませんでした。
そのころの娘は赤ちゃん用のおもちゃに対しても反応が薄く、たとえばガラガラを振って見せても、オルゴールつき赤ちゃんメリーを使ってみても、
「ふーん。・・・で?」
とか、
「へえ・・・だから?」
といった調子で、強い執着を見せるのはおっぱいに対してだけ・・・
とても絵本に興味を持つとは考えられませんでした。
でも。
半信半疑のまま、ある絵本を見せたとき、娘の反応に劇的な変化があったのです。
それが、谷川俊太郎作、「もこもこもこ」。
この絵本を見たとき、娘はそれまでとは全く違う反応を見せました。
「ふが!?」・・・「なにそれっ!?」
「んんんが!」・・・「こっちに貸して!」
「ふむ、ふむむー!?」・・・「めくって!次!どうなってんのー?!」
日本語どころか、ちゃんとした言語でもないのに、それでもこんなに明瞭に娘の言いたいことが伝わって来るなんてって、すっごく驚いたことを覚えています。なにより、娘が「夢中になって」「興奮している」ってことがよーくわかりました。まだ寝返りどころか、首も座っていないのに、なんとか絵本の方ににじり寄ろうとするのですもの、本当にびっくりしました。
特にお気に入りだったのはこのページ。
この赤い「点」が気になるのか、ひたすらホジホジとひっかいていました。
今でも本を傾けると、娘の爪のあとがうっすらと残っているのを見ることができます。
以来私も、出産祝いを贈る時には、いつもこの絵本を添えることにしています。
受け取った友人たちも最初は私と同じように一様に、
「え、絵本・・・?へえええ・・・あ、ありがとうね・・・。」
って微妙な反応を示すのですが、3か月後にはかならず電話をかけてきて、
「マミー、あの絵本からは一体なにが出てるの?!」
とか、
「ねね、あの絵本みたいな本、他にも知らない?」
なんて言ってくるので、この「もこもこもこ」が赤ちゃんに与える影響というのは、きっとどの赤ちゃんにも共通なんだろうと思います。
また、どのお子さんも小学校の1年生くらいまでは喜んで見ていますから(実際小学校の図書室にも普通に置いてあります)、とても寿命の長い、コスパのいい絵本と言えると思います。
もしもこれから赤ちゃんをお迎えするご家庭や、出産祝いを贈る機会がありましたら、この絵本をぜひぜひオススメします。数ある赤ちゃん絵本の中でも別格の1冊です。
最近では、ブロ友の「トーコさん」が出産祝いに悩んでいらしたので、この絵本を薦めてみました。
トーコさんのお友だちの赤ちゃんも、きっとこの絵本が大好きになることでしょう。
おまけ。
赤ちゃんが喜ぶ絵本には、いくつかの特徴があります。
赤ちゃん用に絵本を選ぶ際には、その特徴に留意することをオススメします。
1.カラフルであること。
赤ちゃんはまだ目の機能が十分に発達していませんから、微妙な色合いの区別はつきません。ですからパステルカラーの淡いトーンが延々と続く絵本にはあまり興味を示しません。原色の、くっきりした色合いの絵本が赤ちゃんには最適です。
2.形が明瞭であること。
形がぼんやりとしていて、ほとんど変わらない絵本は赤ちゃんにアピールしにくいことがあります。四角、三角、丸、どの形もはっきりわかりやすい絵本の方が、赤ちゃんには見えやすく、飛びつくように喜んでくれます。
3.文字の有無は関係ない。
赤ちゃんはまだ文字の認識ができませんから、文字のあるなしは関係がありません。
絵を覆うほどたくさん字が書いてある絵本は、赤ちゃんには不向きです。
シンプルな言葉が少しだけ、の絵本を選びましょう。(読むのも楽ですしね…)
もうひとつおまけ。
最近、私が大・大・大好きなブロ友さん、トーコさんのブログはこちら。
トーコさんのブログを読むと、こんなにも素直でかわいらしいお嬢さんが今の世にもいるんだなあ、としみじみ感動してしまいます。
聡明でありつつ、同時に素直で愛らしい。
こんなかわいい人と、お友だちになれるなんて(←私が一方的にお友だち認定しているわけですが)、やっぱり「はてなって素敵♡」と毎日とっても幸せです。
マミー姫の引っ越し
先日。
マミー姫がちょっと窮屈そうに見えました。
こんな感じ。
ね?
こんなに大きくなって・・・感無量。
で、とうとうマミー姫を植え替えてあげなくては!という気持ちになったのですが、なにしろ私は植物とは相性が悪く、クラスで私の「へちま」だけ芽が出ない、なんて小学生時代に始まって、大人になってからも「ミント」ですら枯らせた(←ありえないことらしいですよ・・・)前科もあり、マミー姫を別の鉢に移し替えるなんて、そんな高度なこと、としり込みしていました。
でもいつまでもぐずぐずしてても仕方がない!植え替えます!
土を用意しました。
マミー姫、ちっちゃいのに・・・こんなにたくさん要らないのに。これしか見つからなかったんだもの・・・。
鉢底石なるものを入れました。
こ、これでいいの?多すぎ?少なすぎ?
誰もいないキッチンでひとりブツブツ言いながらの作業。(←ひとりでもうるさい。)
サボテン用の土。
なんだかボソボソした土だなあという印象。
こんな栄養のなさそうな土でいいんだろうか・・・(←この過保護さが、私が植物を枯らせてきた原因かも)
鉢からマミー姫を出す・・・ここですでに、大パニック!
きゃあ、マミー姫が横倒しに!
い、いいの?これでいいの?大丈夫なん?!
これ、人間で言ったら、ものすっごいスプラッタな状態なんじゃないのー?!
と、大騒ぎ。(←うるさい)
ひたすら慌てまくり、あわあわあわわわわ・・・と気持ちも急きまくり。
必死で土を詰めてマミー姫を新しい鉢に移し替えました。
ネットでやり方を検索すると、植え替えた日はティシューをかぶせて直射日光を避けると書いてあったので、
こんな感じになりました。(←へとへと&ぐったり)
これが1か月ほど前。(4月17日)
今日のマミー姫はどんな感じかなー。
別々の鉢に移し替えたので、ちょっとのびのびして見えます。
移し替えてから大きくなったかは・・・ちょっとわかりません・・・。
できたら、「ジャックと豆の木」の絵本のように、空をつくほど大きくなってほしい!と秘かに思っています。
さてさて、今日でGWもおしまいですね。
みなさま、有意義な連休をお過ごしになったことと思います。
は?私ですか?
・・・寝込んでましたよ。ってか今もちょっと寝込んでます。とほほ。
毎年この時期は体調が悪く寝込むのが通例ですが、今年のGW前半は寝込むほどではなかったので、例年よりはマシな連休だったかなあと思います。
みなさまの楽しそうなお出かけ記事を見て、いいなあ、とうらやんでいたことは内緒。
PCの前に長居することができなくて、なかなかみなさまのところにコメントなどできませんが、読むことだけはしています。
明日からは生活を平常運転に戻すことに全力を尽くしたいと思いますので、「はてな」にどれほどいられるかはわかりませんが、みなさまのところにもぼちぼちとお邪魔したいと思います。
その時はどうかよろしくお願い申し上げます。
行きはよいよい、京都からの帰り道
京都に「戦国時代展」を見に行った日のこと。
私にしてはめずらしく、お食事の写真を撮りました!
お昼ごはん。
茹でたおうどんをたれにつけていただく「つけうどん」。
最近はラーメンだけでなく、おうどんにも「つけ麺」があるんですね。初めて食べました。
おにぎりつき。
・・・炭水化物の過剰摂取の見本です。
こちらは母が頼んだ梅うどん。
ひとくちいただきましたが、出汁の味がすごく濃厚でおいしかったです。
その昔、こんなおうどんを、東京からやってきた同期の社員と食べたことを思い出します。
彼はよく、こういう関西風のおうどんを
「味がない。」
と言って、我々の感情を逆なでし、
「味覚ないん!?」
「舌、おかしいんとちゃう!?」
と総攻撃を受けてましたっけ。
元気かなー。
下手したら、もう、薄毛に悩んでる頃かもしれないなー。
ま、別に会いたくないけど。ほほ。
しつこいようですが、京都というのは大阪からは約1時間。
おまけに交通費はと言えば、ひとり往復800円!
その気安さのせいでしょうか、
「せっかく京都まで来たのだから」
という感覚にはなかなかなれません。
なので、お食事にしても、
「どっかで適当に・・・」
となりがちで、この日も多すぎる観光客を避けるために、オフィスビルの地下で昼食となりました。
でも、京都に住む知人たちが口をそろえて言うには、
「京都には大阪よりもおいしいお店がたくさんある。普通のお店が安くておいしい。観光客向けの有名なお店になんか行く必要ない。高いだけだから。」
だそうですよ?
確かにこの日の昼食のおうどんも、とってもおいしかったです。
でも、土地勘のない京都で夕食をとれるお店を探してうろうろするのは、さすがに疲れそうですし、母の、
「阪急百貨店で食べた麻婆豆腐がおいしかった!あれがまた食べたい!」
という希望もあって、夜ごはんは大阪に戻って食べることにしました。
右に見えているのが阪急百貨店1階入り口。
左が阪急32番街です。
大阪人にとっては見慣れた、どうということもない風景。
でも、一定の年齢層には、何回訪れても違和感のある景色でもあります。
なぜかというと、改装前の方が、2012年に完成した現在の姿より、ずっと味わいのある場所だったから。
昔はこんな感じだったのです。(写真はネットからお借りしました。)
大きなステンドグラスが阪急梅田の象徴、クリスマスなんかのムードにもぴったり、私個人の梅田に関する思い出も、ほとんどすべてがこの風景と共にあります。
母に連れられて百貨店に行った日、
映画館へもこの通路を抜けていきましたっけ。
友だちと初めて、子どもだけで梅田を訪れた日、そのわくわく感、
大学の合格発表の帰りに、紀伊國屋に行って読みたかった本を買ったこと、
それからもちろんデート。
バレンタインデーのチョコレートを買いに来た日も。
成人式の後も、振袖姿でこのコンコースを歩いたものでした。
今は確かにキレイに明るくなりましたが、
こんな「ぺろーん」とあっさりした駅、以前の阪急駅と比べたら、その物語性は月とスッポン、ロマンもへったくれもないんだもの。
最初に見たときは、それはもうショックでショックで。
元通りに戻してほしい大阪の風景、堂々の第1位です。
と、まあ、この梅田コンコースの悪口を言い出したらきりがないので、さっさと阪急うめだ本店、その店内に入ることにします。
うめだ阪急で最も有名なのはやっぱり10階「うめだスーク」。
百貨店の催事場のようなスペースです。
こんな感じ。
巨大なぬいぐるみの販売でもちょっと有名。
きりんさん。
大きいの。
4~5メートルくらいありそう。
なにもシマウマの横にライオンさんを配置しなくても・・・。
夜になって誰もいなくなったら、毎日追っかけっこしてそう。
生態系も繁殖地も一切の考慮無し!
でもとってもリアルでかわいいです。
ひとつくらい持って帰りたいのはやまやまですが、お値段はまったくかわいくないので、いつも見ているだけです。
催事場をひやかした後、12、13階のレストラン街に移動したのですが・・・
そこでショックなことが。
ない。
ないのです。
麻婆豆腐がおいしかったあの中華レストランが。
ひたすらウロウロとレストラン街を歩き回ったのですが、どうしても見つからない…。
仕方かなく、別の中華レストランに入りました。
予約していなかったので、カウンター席でしたが、窓からの景色が最高でした。
ほら!
目の前がJR大阪駅!
滑り台のような天井がよく見えました。
正面は大丸うめだ店、真下に大阪駅バス乗り場。左側には丸ビルと阪神百貨店が見えます。
お料理もおいしかったです。
母の大好物、海鮮焼きそば。麻婆豆腐はどうでもよくなった様子。
私はなんだっけ、なんかのチャーハン。おいしかったです。
あと餃子とかも食べたような記憶が。
食べながら、母が言いました。
「あのおいしかった麻婆豆腐・・・阪神百貨店で食べたのかも。」
・・・そら見つかれへんわ。
京都に行った日に、なにも地元・大阪で迷わなくってもね。
なんだか締まりのない一日になりました。あーあ。
おまけ。
京都で撮った写真をちょっとだけ。
素敵なアンティークのお店を発見。
こんな色の車、最近はあんまり見かけませんね。
ツバメが巣を作ってる店先。わかりずらいけど、ツバメのおちりがちらっと見えてます。
ひとめ見て、かわいい!とテンションが上がった立体看板。
すごく好き。
びっくりするほどの行列ができていたチョコレート店。
こんなのや、
こんなのが売ってるもよう。
でも、あまりにも長い行列に恐れをなして、店内に入ることもできずに帰ってきました。残念。
京都へのお散歩の回、これで終了です。
おつきあいいただいて、ありがとうございました。
最近、時間の都合がつかず、なかなかみなさまのところへ伺うことができません。
しばらく不義理が続きますこと、どうかご容赦ください。
「戦国時代展」を見て感じたこと。
ちょっとそこまで、京都まで、の続きです。
「戦国時代展」。
ほんとのことを言うと、「戦国時代展」なんて、まったく期待していなかったのです。
だって、日本各地で戦禍が入り乱れていた時代。
どこの地方にもそれぞれの悲劇や事情があったのですもの、それをただ、ひとつの時代でちょん、と輪切りにして見せられても、なんだか薄っぺらい内容になるんじゃないかな、と思って。
でも、結果から言うと、展示内容には大満足でした。楽しめましたよ。
京都での開催だけれど、京都由来のものばかりではなく、日本各地から集められた膨大な資料の数々。
戦国時代、地方の各大名がそれぞれに権勢を競い合ったことで、それまで京都や畿内に偏っていた文化や富が、列島のあちこちに広がったことが実感できました。
各資料の貸し出し元の美術館や博物館の名前を見るのも楽しかったです。
京都だけでなく、静岡、山口、山形、群馬・・・あまりにもたくさんの施設の名前があって、この「戦国時代展」に関わった人の多さに驚きました。
展示物の写真は撮影できませんでしたが、1枚だけ。
美術館内部ではなく、中庭のようなところに小さな石仏群が。
織田信長がお城などを建築する際、建築資材として使用されたものが発掘調査で発見されたものだそうです。
山から掘り出され、仏さまとなって人から拝まれ、ある日を境に今度はお城の階段なんかに利用されて、人から踏まれ、また時代が下ると今度は博物館の資料として大事にされる・・石として、なんとも波乱万丈な「一生」ではありませんか。
石仏をお城の階段や石垣などに利用したのは信長だけではなかったと思いますが、それでも信長の、神仏をも畏れない性格を現すエピソードとして、こういった展示物は説得力があるのでしょう。
信長のそんな性格、個人的には嫌いではありません。
「石材が足りひん?そこにあるやん。使えるやん。
は?仏さまの格好してる?元はただの石やで?今も単なる石やで!
今すぐ俺に首刎ねられるのと、ただの石ころとどっちがコワい?
俺を拝んどった方がご利益あるで!」
なんて言ったかどうかは知りませんけど、些細なことで人が簡単に命を落とした時代に、迷信や俗信をあっさりと捨て去るのは、今よりずっと難しいことだったでしょう。
つくづく、信長という人の合理的精神は見上げたものだなと思います。
また、満足な顕微鏡もない時代に、ここまで合理的精神を保てる人間がいたというのに、現代に至ってもまだ、迷信に振り回される人がいるということは、なかなか興味深いことのように思います。
時代や科学の進歩と、人間の精神の円熟度とは、単純には比例しないものなのかもしれません。
同時に、石仏を建築資材に流用した信長の判断について、
「有りかな。めっちゃ合理的。」
と好意的に捉えられるのに対して、例えばタリバンによるバーミヤン石仏の破壊や、ISISによるシリア遺跡群の破壊については、どうにも嫌悪感しか感じられず、「野蛮」としか思えないのは、自分でも説明がしにくい問題です。
建設のための「利用」なら理解できても、「破壊のための破壊」には嫌悪感があるのかな。
それとも「異教を認めない」その不寛容さに辟易する部分があるのでしょうか。
博物館の中庭で、寡黙にただそこにあるだけのこの石仏を見ていると、なんだかとても不思議な気がしました。
ちなみに、この、「日本の」戦国時代展なのに、余計なことをたくさん考えさせられる展覧会、京都での開催はすでに終了しています。
次は山形・米沢で4月29日から開催予定なんですって。
刀剣、旗、甲冑、肖像画、それから夥しい数の書類や手紙。
とっても楽しめますので、お近くの方はぜひ。
おまけ。
先日、山菜さまのブログを読んでいて・・・
「これ、桜なの?」のお花の写真に目が釘付けになりました。
私も、おそらくおんなじお花を見て「これって桜?なんていう花?」ってずっと気になっていたから。
このお花ね。
山菜さま、このお花ですよね?おんなじでしょう?
ご近所で、ソメイヨシノから少し遅れて咲いていたのですが、まだ小さい灌木で(これから大きくなるのかも・・・わかんないけど)、でも真っ白な八重の花びらがとても目を引くお花でした。
なんていう名前なのか、ご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけるとうれしいです。
おまけのおまけ。
今、この記事の下書きを読んだ娘から、「石仏を見て、ISISのことを考えるなんて、発想が飛躍しすぎ。唐突すぎ。」ってダメ出しをくらいました。むか。
「ちょっとそこまで」に京都がある幸せ。
ひと月ほど前になりますが・・・母と一緒に京都に遊びに行きました。
「時間があるから、ちょっと京都まで遊びに行こうか。」
大阪に住んでて得したな、って思える瞬間のひとつがこれ。
今や日本国内どころか、世界中のツーリストの垂涎の的、「あの」京都まで、電車でたったの1時間。
これってなかなかポイント高くないですか?
でも それが大阪人にとってはごく当たり前の日常、普通のことなんですよー。(←自慢)
デートにしても女子会にしても、あの京都が使い放題、行き放題!
ところが。
いざ実際に大阪に住んでいると、「京都に行こう!」とはなかなかならないものなんですよね。
近すぎて「いつでも行ける」と思うからでしょうか。
手近に遊べるところが大阪市内にたくさんあるからでしょうか。
小学生のころから、遠足と言えば京都・奈良。
「嵐山の渡月橋」付近なんて、幼いころから
「遠足でお弁当を食べるところ!」
としてインプットされているものですから、世間で騒がれているほど京都に夢とか幻想とかを抱けないのが大阪人というものなのです。
でも、最近の京都ブームは凄まじいものがありますよね。
せっかく関西に住んでいるのだもの、たまにはそのブームに乗ってみるのも悪くないかも!とお出かけすることにしました。
大阪梅田駅から阪急電車で約40分。
下車したのは京都・烏丸。
「烏丸」って地名も、いかにも京都らしい、と思いませんか?
どう考えても「からすまる」と読むはずなのに、そこは「からすま」。
いつ、どうして「る」が抜けちゃったのかしら。
以前、大阪天王寺界隈をうろうろした時にも思いましたが、古い土地の名前というのは、不思議と興味をそそられるもの、京都にはそんな地名がいっぱいです。
麩屋町通。
御幸町通。
標識では「ごこまち」になっていますが、よく耳にするのは「ごこうまち」。どちらが正しいのやら。大阪人にはわかりません…。
三条通。いかにも京都っぽい!(←謎のミーハー的喜び)
蛸薬師通。
どうしてそうなった?!って思わず考え込んでしまう地名のトップテンに余裕で入りそうな勢い。
こんな名前に出会えるところが京都の醍醐味!
と、ひとりで地名標識にテンションが上がりまくり、写真もいっぱい撮ったのですが、誰にも共感してもらえそうにないので、ここらへんでやめときます。
この烏丸あたりの街では、河原町や先斗町とは違い、京都らしい古い町並みはあまり見かけません。
代わりに、モダンな建築様式のビルがたくさん。
1階はカフェのもよう。
こちらはブティック。赤いレンガがとってもおしゃれ。
なんか重厚な建物・・・と思ったら、
文化財でした。だけどちゃんと現役。
こちらはなんだかドラマの撮影に出てきそうな雰囲気。中から出てくるのはオダギリジョーであってほしい。浅野忠信でも可。
ここも1階はカフェ。というより喫茶店。ちょっと懐かしい感じがします。
歩いていると、目の前を学生さんが通り過ぎていきました。
まあ、珍しい、今時「角帽」だなんて!…思わず凝視しましたら、なんと足元は素足に下駄!
どこの学生さんかしら。
京都は大学だらけなので、どこの学生さんなのかは想像もつきません。
彼の出現のおかげで、ますますこの界隈が大正ロマン風の街角に思えてきました。
目的地まで歩くこと約10分。
たった10分の間に、こんなにたくさんの味わいのある建物、街並みを見ることができるなんて。
観光地としての京都の威力のようなものをしみじみ実感しておりますと、
「いいなあ、京都。こんなところなら住んでもいいなー」
と母がのんきなことを言いだして、ちょっと笑ってしまいました。
どう考えても我が家の経済状況では、こんな街にお家は買えません。
なのにどうしてそんなに「上から目線」なのか…。ポジティブにもほどがあります。
「京都の中でも一等地、頼んでも住まわせてもらわれへんよー。」
と私が夢のない返事をしていると、目的地が見えてきました。
この日の目的地。
「京都文化博物館」
こちらはもともと日本銀行京都支店だった建物ですが、現在は博物館の別館として使用されています。
中が素晴らしいんですよ。
入口を入ってすぐ、上を見上げるとこんな感じ。
高い天井、その凝ったデザインや木目の美しさ。思わずため息が漏れます。
こんな天井、今ではなかなか見られないだろうなあ…ちょっと感動。
ずらりと並んだ小さな窓口。いかにも「元・銀行です!」って感じがして、とっても楽しかったです。古い映画に出てきそう。
現代の無機質な銀行とはかけ離れたデザイン。
こんな銀行があったら絶対口座を作るなあ、としみじみ。ちょっとしか預けられないけど・・・
窓口の中は、今ではコンサートなんかに使われているようです。
でもこの日の目的はこの古い建物見学ではなくて。
こちら。
そう、「戦国時代展」。
戦国時代の資料や美術・工芸品が一挙に公開されるということで、やってきました。
内部は撮影禁止でしたので、写真はないのですが、期待以上に楽しめました。
国が乱れ、戦乱に次ぐ戦乱というイメージしかなかった戦国時代。
でも、その中にあっても、人の営みというものは、現代とそう変わらないものがあったのだなあという印象を強くしました。
特に、驚いたのは陽明文庫所蔵の「近衛文書」。
黒々とした墨が、今も和紙の上にくっきりと鮮明で、数百年もの昔に書かれたものとは到底思えませんでした。
和紙と墨の組み合わせのなんと優秀なことか。
明治時代に西洋から入ってきた紙がすでにボロボロになっていることを思えば、和紙の強さは驚嘆すべきものがあります。
また、全く色あせない墨の威力も驚きでした。
以前、テレビの取材で、
「うっかりついた墨ってどうやって落とせばいいんですか?」
と聞かれた墨の製造会社の人が、
「落ちないのが墨なんですよっ!!」
とマジ切れしていたのを見たことがあるのですが、黒々と艶やかな墨の色を見て、その言葉の意味がようやくちゃんと理解できた気がしました。
すみません、思ったよりも長くなりました。
続きは次回。
実は、ひと月近く前のことで、あんまり記憶が明瞭でなく(←さっさと書いとけよ、って自分でも思う…)、おまけにいつものことながら、まともな写真がありません。
グダグダになりそうだなー、この記事書くの、やめようかなーとつぶやくと、夫が
「そんなん、いつものことやん?」
と言うので、まあ、それもそうだよね。と納得して(←あかん)公開することにしました。
次回もこの調子でグダグダが続きますが、お付き合いいただけるとうれしいです。