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NOだけの夫、めんどくさい妻。

「NOと言えない日本人」

 そんな本が一世を風靡したこともありましたね。(←遠い目)

いや別に、その本の中身についてなにかを語りたいわけではないのです。そもそも読んだこともありません。

 

あえてはっきりと「NO」とは言わないことで、人間関係が潤滑に回っている節もあるのではないかと思ったり、いやいや、やっぱり言うべき時にはちゃんと「NO」って言わなきゃ!って思ったり、日々感想が揺れる問題で、なつかしいどころか、これはなかなか新しい問題ではないだろうかと考えたりもするのですが、今日お話ししたいのは、そんな壮大な問題ではなくて、

 

夫婦間の「NO」について。

 

というより、我が家の夫の話し。

私の話には「NO」としか言わない夫のお話しです。

 

例えば、大昔のある日のこと。

 

私が、

 

「柔軟剤を使うと、タオルの吸水性が落ちる気がする。気持ち悪いから使うのやめてもいい?」

 

って聞いたのです。

 

そしたら夫、

 

「はあ?なんもわかってないなー!柔軟剤を使うから、吸水性がもっと上がるんだろー。」

 

との答え。

 

そうなんだろうか・・・?

確かに柔軟剤を使うとタオルがやわらかくなる気はするけれど、使用後の感覚が「さらっと」しなくて、私はそれが気に入らなかったのですが、夫がここまで柔軟剤推しなんだとしたら、仕方ないかなあ、とその後もお洗濯に柔軟剤を使い続けました。

 

そしたら、また別のある日。

帰宅した夫がものすごーくハイテンションで言うのです。

 

「知ってた?!柔軟剤使ったら、吸水性が落ちるんだって!!」

 

 

・・・だから、それ、私が前に言ったよね?

 

 

私がそう返した時の夫の顔、今でもよーく覚えてます。

できればみなさまにもご覧いただきたかったくらい。

 

「はっ!そういえば!やばっ!」

 

っていう感情を具現化したらこうなります。の見本のような顔でした。

 

きっと夫はどこかの雑誌か新聞なんかで柔軟剤についての記事を読んだのでしょう。

私の(妻の)感想は頭ごなしに否定するクセに、新聞・雑誌の記事はそのまま鵜呑みにするのね、そうなのね、と思った私は、洗面所に直行、速攻で柔軟剤を廃棄して、以降、二度と柔軟剤という物を購入したことがありません。ほんとにそれ以降、一回も買ってません。

私の目が「真っ黒」なうちは、柔軟剤には絶対にこの家の敷居を跨がせないのです!

 

あ、真っ黒、といえば、まっくろくろすけ、できましたよ♡

 

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で、まあ、問題は柔軟剤だけではありません。

私が口を開くと夫はまず「NO」、必ず「NO」、とにかく「NO」・・・

 

「そりゃ違うよ」

「そんなことない」

「そんなわけないだろ」

「違う見方もあるんじゃない」

「そうとも言えない」

 

会話の糸口が必ずこんな風に「NO」から始まるので、正直面倒でたまりません。

 

もちろん、物事を緻密に考えられない私ですから、

一度「NO」を目前に提供されると、違う側面からの考察もできて助かるなって思うこともあります。

ですから、夫の「NO」もあながち無駄とばかりは言えません。

ただ、夫の「NO」に関して言えば、なんらかの思案があっての「NO」ではなく、

ただひたすら、私の言うことに「NO」と言いたいだけ!ってのがひっかかるのです。

 

だってね?

逆は必ずしも真ではないでしょう?

なので、夫の「NO」は時に、回り回っておかしなことに、つまり話しの前後で整合性がとれず、辻褄が合わず、 矛盾の塊になることがあるのです。

なにがキライって、「NO」を言い過ぎて、そんな風に論理が破綻する瞬間ほど大っ嫌いなものはありません。

 

で、あまりにも腹が立って、もう離婚しようかなって思ったこともあります。

 

それはテレビで「臓器移植」のニュースを見ていたときのこと。

 

私が、

脳死による臓器移植は「移行期の医療」という気がする。

いくら脳死からの回復が見込めないからと言って、目の前の家族の身体がまだ温かいうちに、移植提供の話しをされても、すぐには気持ちを切り替えられない。いずれ、もっといい医療が出てくるまでは仕方ないと思うけど。」

 

って言ったら、夫が、

 

「は?脳が死んだら人間はもう死んでるねん。使えるものがあったらなんでも使ったらええねん!」(←夫は超がつく合理主義者)

 

夫の意見を、「そうかもしれないけど、私にはそんな風に簡単には割り切れないなあ」と思いつつ聞いていたのですが、その数年後に突如出現したのが山中教授のips細胞。

 

このニュースを聞いた私は本当にうれしくって、これでもう、後味の悪い小説やマンガ、例えば、

 

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通りすがりのレイディ新井素子著 集英社

 

不老不死の研究のために、試験管ベビーとして産まれた人間の幼児から脳下垂体を取り出すお話しを含む。

 

とか、

 

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輝夜姫」 清水玲子著 白泉社

 

権力者の子どもたちの「臓器提供者」となるためのクローンとして産まれた子どもたちが集められるお話し。大作です。

 

あと、「ドナー」としての人生を語った作品としては言わずと知れた、

 

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「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ著 早川書房

 

とかね。

 

こういった、恐ろしくもやりきれない、切ない作品群が、

「まったく無用の心配だったね!」

と言える未来がいずれ確実にやって来るんだ!と明るい気持ちで夫に言ったのです。

 

「これでいつか、脳死患者からの移植なんて必要なくなる、よかったね!」

 

って。

 

そしたら夫、なんて言ったと思います?

 

 

夫「まあでも、臓器にだって魂があるって説もあるからね。」

 

瞬間、私の頭は沸騰しました。怒りで。

 

「だって、脳死した患者の臓器は使っていいんでしょ?あなた、そう言ったよね?

脳死した人間の臓器には魂がなくて、ips細胞からできた臓器には魂があるってこと?矛盾してないっ?!」(←この時点で私の頭の中から臓器移植の件は吹っ飛んでおります)

 

このときはあまりにも腹が立ったので、数日間、夫とは口もききませんでした。

話しかけられても、

「ぷいぃぃぃっ!」

って、リアルにやってました。ほほ。

 

前に言ったことと、今言ってることが違う、話しの筋道が通らない、その理由が、ただ私に「NO」と言いたいだけなんて、本当に「むかっ!」とする!別に「NO」と言ってもいいけれど、彼の「NO」は条件反射か脊髄反射って感じ、いくら妻との会話でも、せめて「脳」を通った後の「NO」を提示してよっ!とすんごく怒りました。

言わなかったけど。

この場合、沈黙の方がコワかったと思うけど。

 

で、こんな話しを長々と聞かされた男性陣は、きっと思うのでしょうね。

 

「めんどくさい奥さんだなー、もうこっちから離婚しちゃえば?」

 

って。

わかります、わかります。私もめんどくさい女だなあって自覚があります。

でも、安心してください。

 

 

耐えるべきはあなたではない!

 

我が家の夫です!

 

ということで、このエントリーを読んでいるすべての男性が「めんどくさー」と思っている中、ただひとり、

 

「やべー、やばー」

 

と慌てている我が家の夫へ。

 

あらかじめ言っておきますが、今日は奥さんのご機嫌取りにお花を買ってきたりしなくていいから。

だってほら、あなたの奥さん、今「マミー姫」に夢中だからさー。

 

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ね?

だからお花はいりません。

 

で、今。

 

お花がダメなら、ケーキかな!

 

って考えたでしょ。

でも、ケーキもいらないや。

だってさー、あなたの奥さん、最近いくらなんでも太りすぎだから。

あなたがどれだけぽっちゃりさんが好きだとしても、世の中には限度というものがあるのよ、うん。

 

で、今。

お花もケーキもダメ・・・どうしよう!って、パニックになってるでしょ?

 

私もさすがに鬼ではないので、助け船を出してあげるね!

 

あなたの奥さんなんだけどね・・・

どうも明日の朝食用のパンを買い忘れたみたいなのよ・・・だから買ってきてくれたらきっと喜ぶと思うよ!

 

え?

 

素直にメールしろって?

 

 

・・・次からは、そうします。