2020年の意味。

みなさま、あけましておめでとうございます。

旧年中はひとかたならぬご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

どうぞ今年も倍旧のお引き立てのほど、よろしくお願い申し上げます。

 

さてさて、今年は我が家にとりまして、特別な一年になる予定です。

なぜなら今夏、娘が二十歳の誕生日を迎えるからです。

 

「親の欲目」という言葉がありますが、親というものは愚かなもので、どうしても自分の子どもには甘くなってしまうようで、私もついつい娘の欠点や至らぬところに目をつぶってしまう傾向があります。

そのように片目をつぶって、見たくないものを見ないようにしていてもなお、娘は少々「どんくさい」というか、「まぬけ」というか、まあ要するに、

 

「アホなんやな。」

 

と思わせられることの多い子どもでした。

 

たとえばね。

小さい子どもって、靴を左右取り違えて履いてしまうことがあるじゃないですか。

けれども私自身に限って言えば、人生で一度もその手の間違いをしたことがありません。

幼稚園児のころ、同じクラスの子が靴の左右を履き間違えているのを見るたびに、

「どうしてそんな間違いをしでかすのか。靴の左右など一目瞭然、その上、履いてみればすぐにおかしいと気づくじゃないか。」

と思ってしまう子どもだったわけです。

なので、我が子が左右反対の靴を履いて幼稚園から帰宅した日には、ずいぶんと驚いたものです。

一体全体、どういう思考経路であれば、靴の左右を間違えるなんてことが起こるのか、さっぱりわからなかったからです。

親子と雖も、違う人間なんだなあ、と娘の顔を見ながらしみじみ実感したのはあの日が最初だったかもしれません。

 

鷹揚でおっとりしている、と言えば聞こえはいいかもしれませんが、どうも「ぼーっとしている」もしくは「ぼんやりしている」という言葉の方がしっくりくる子でして、毎日が「イライラ」することの連続、今思い出しても苦笑と失笑ばかり浮かびます。

 

ランドセルを忘れて登校しようとする、空っぽのランドセルを持ち帰る、プリントは失くす、あるいは出さない、月曜の朝に「ゼッケンをつけて」と体操服を出してくる、お友だちと帰り道で話し込んだら、近くの植え込みに手提げかばんを置き忘れる・・・高校生になっても、

「ママ!今日提出のレポート忘れた!持ってきて~!7時間目までに!!!」

を、2回やられました。

娘の高校へ向かう坂道を、「どうして私が、なんで私が」と心の中でぶうぶう文句を言いながら登り、顔を見たらいっぱい文句を言ってやろうと考えつつ教室にようようたどりついたら、そういう時に限って娘は移動教室でお部屋は空っぽ、憤懣のあまり、娘のレポートの表紙に、

 

「ばーか、ばーか。」

 

と書いてやりました。(←2回ともやった。)

ボールペンじゃなく、鉛筆で書いた私を、誰か「やさしい」と褒めてください。

 

忘れがたいのは娘が小学4年生のころ。

懇談会で担任の先生に言われました。

 

「私は100点満点の答案用紙を返す時は、必ず100点って言うようにしています。

「○○君、100点!」とか「○○ちゃん、100点!」とかって。

やっぱり100点って特別な点ですから。他の点数とは違います。

で、最近、テストを返すたびに

「まる子ちゃん(←娘のことです。もちろん仮名です。)100点!」

ってやってましたら、Y君が、

「まる子って頭よかったんや!!」

ってすっごくびっくりしてましたよ!

 

よかったですね!お母さん!

 

私ねえ、

「は?ああ、はい・・・ありがとうございます・・・

って言いながら、心の中で思ってました。

 

「びみょ~・・・」

 

って。

だって、それって、クラスのみんながうちの子のことをずっと「アホの子」だと思ってたってことですよね?

まあそうなんだけどさ・・・そうなんだけどもっ!

これって褒められたことになるのかなあ??と首を傾げながら帰宅したことを覚えています。

 

娘のあまりにもぼんやりな言動に、いちいち凹んだり落ち込んだりする私を、私よりも先にママになった友人の言葉が救ってくれましたっけ。

 

「天才も二十過ぎればただの人、って言うじゃない。逆もまた然り。二十歳になるころにはどの子もみんな凸凹がなくなって、大体同じようになるのよ、大丈夫大丈夫。」

 

本当だろうか?と当時はその言葉をずいぶん怪しんだものでしたけれど、確かに娘も最近になって少しはしっかりしてきたように感じられます。

ちょっとだけですけどね。

 

並んで歩くと目線が同じになりました。

今になって考えると、「心配させられた」というよりも、私が勝手に心配していただけだったという気がしてきます。

それでも私はこれからもきっと、娘のことばかり心配しながら生きていくのでしょう。

 

生まれたばかりの娘が、いつか成人を迎える日を想像して、そのあまりにも遠い道のりに呆然とした2000年の夏。

とうとうその2020年がやってきました。

 

令和2年のすべての一日は、私にとって特別な時間を刻みつつ過ぎていくような気がしています。