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Aさんへ。

昨日のことなのですが。

 

お仕事中に同僚と世間話をしていたら、話題が「エイズ」のことになりまして。

 

当たり障りのないことを話した後、その同僚に書類の作成を頼まれたので、部屋に戻って書類を作り、さあ、届けようとして思ったのです。

 

「あら?この書類を頼んできたあの人って誰だっけ?」って。

 

困りました。

頭の中を必死で探ってみても、名前の片鱗さえ浮かびません。

 

さきほど世間話をしていた部屋に戻ってみてもその人の姿はなく、困り果てた私は、その場にいた人全員に聞こえるような大声で聞きました。

 

 

「さっき、私にエイズの話しをしてきたのは誰ですか-?」

 

って。

 

その場の空気が一瞬「ぎょっ!」としたのは言うまでもありません。

相変わらず人の名前に弱いマミーです。こんばんは。

 

だから、ですね。

やっぱり職場でも名札って必要なんじゃないかと思うのですよ。

みんな、私でさえ、自分の名前は覚えてるし、書けるじゃないですか。

私がうんと偉い人だったら、名札着用義務令とか出すのに!

と思うのですが、そもそもこんなにもの覚えが悪くては偉くなりようもないんだった・・・。

世の中ってうまく行かないことばかり・・・。

 

で。

「名前」で思い出した素晴らしい絵本があるので、今日はその絵本のお話しを。

 

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「ぼくが一番望むこと」

マリー・ブラッドビー:著 斉藤規:訳

ぼくは、朝暗いうちから仕事に出かける。朝食ぬきでお腹がなっている。でも、ぼくの望みは朝食ではない。

黒人教育家ブッカー・T・ワシントンの少年期をえがいた絵本。(「BOOK」データベースより)

 

奴隷制度が廃止されたばかりのアメリカ。

黒人差別はまだまだ過酷で、ブッカー少年は空腹をかかえて朝から晩まで働く日々。

でも彼の望みはお腹いっぱいにごはんを食べることではなく、「字を読むこと」でした。

 

教育を受けたいと望む彼の願いは、でもなかなか叶いません。

母親がわずかな賃金の中から買ってくれた教本を見ても、学校に通えず、両親も字が読めない彼にはその本を読む術がないのです。

けれども、彼には希望がありました。

彼と同じ黒人なのに、新聞が読める人がいるのです。

彼はその「読める人」を探し出し、本を読んでもらうようにせがみます。

 

 

ところでこの絵本のすばらしさは「絵」にあります。

初めて少年が字を読んでもらったときの感動と、爆発するような喜びの表情。

うれしさのあまり踊り出した少年を見つめる「読める人」のあたたかなまなざし。

 

この1ページだけでも、この絵本は成立するのではないかと思うほどのすばらしい絵です。

 

もっと字を教えて、とせがんだ少年は自分の名前「ブッカー(BOOKER)」を地面に書いてもらうのですが、それを見つめる彼の表情もとてもいい。

希望が生まれた瞬間に、自分が立ち会っているような。

幸せで、幸せで・・・でも、その幸せのささやかさにちょっと胸が詰まるような。

切ないような。

なんとも言いようのない気持ちになります。

 

つくづく、人にとって学ぶということ、知るということは喜びであり、人生に欠くことのできないものなのだと確信する絵本でもあります。

 

またこの本を読んでいると、人をどこかで「線引き」して、学ぶ機会を与えないことは、どれほど残酷なことであるかということに気づかされます。

たとえば、一部のイスラム教徒が女子教育を制限していることには、怒りを禁じ得ません。

同時に、ネットなどで散見される、現代日本の「少子化」の原因は女子教育が高等化しているからだ。だから女性に大学教育は不要。なんて意見には、心底びっくりしてしまいます。

本気で言ってるの?と聞いてみたいと思うのですが、匿名が原則のネットでは無理なのでしょう。また、匿名だからこそ、本音が出ているのかもしれないと思うと、うっすらと恐怖も感じます。

 

さきごろ、第二次世界大戦中のドキュメンタリーを見ていて、こんな述懐がありました。

 

ナチス共産主義者を迫害し始めたとき、ぼくは反対しなかった。だって、ぼくは共産主義者じゃなかったから。

次にナチス障がい者を迫害し始めたとき、ぼくは反対しなかった。だって、ぼくは障がい者じゃなかったから。

そしてナチスがユダヤ人を迫害し始めたとき、ぼくのために反対してくれる人は、もうどこにも残っていなかった。」

 

誰かの権利を「狭めてもいい」と放言することは、自分の権利もまた、狭められる可能性を引き寄せてしまうことを、できる限り多くの人に感じてほしいと思います。

 

アメリカが表向き、どれほど多文化主義を標榜しても、現実問題として黒人差別がまだ存在していることは、日々のニュースを見ていても明らかです。

けれども、この絵本を読んでいると、黒人が「奴隷に戻る」ことはけっしてないことがわかります。

それは法律や政治の問題ではなく、彼らが文字を知っているからです。彼らが今では「読める」からです。字を知ったことで、ブッカー少年が言うように「新しい世界に入った」からです。

 

若い頃、もっと勉強しておけばよかったなー、という感想と共に、でも教育の機会を与えられた人生を得られたことを感謝したくなる1冊です。

そして、これからの世代にも、なにがあっても教育の機会だけは確保しなくては、と強く思う絵本です。

オススメですので、どこかでお見かけになったらぜひ、立ち読みでもなさってくださいね。

 

 

最後に。

まったくの私信です。

 

はてな」のユーザーでもないのに、いつもここを読んでくれて、私が絵本を紹介する度に、本屋さんに立ち寄ってくれてるAさん。

 

不安定も混乱も、至極当然に思います。

Aさんが今、自分が最も不幸だと思っていても不思議じゃない。それが当たり前だと思う。

 

たとえば、隣に住んでいる人が、何十億もの宝くじに当たったからと言って不幸になる人はいない。

でも、誰もが持っているもの、当たり前に手に入れているものを、自分が得られないとなると、人は突如、自分が不幸だと思ってしまうのね、きっと。

 

ここであきらめるか、それともまたチャレンジするのか、

選ぶこと自体が、苦しみなんだよね。

チャレンジしてもうまくいかなかったとしたら悲嘆はもっと深まるし、

でも、今あきらめてしまったら、ずっと先になって「どうしてあの時諦めたのか」って後悔することがわかってる。

 

私も、あの頃、法事に行ったり親戚の集まりに行くのが苦痛で苦痛でしょうがなかった。

飛んでる飛行機が頭の上に落っこちてきたらいいのに、ってよく思ったよ。

 

でもAさん。

Aさんはまだ、なんにも失ってないって、私は思う。

 

どうかこの絵本を読んでみて。

Aさんは、わずかな賃金を工面してブッカー少年に本を与えた母親になれなかったとしても、でも、少年に字を教える人にはなれる。

少年を、希望に満ちた、新しい世界に送り込ませることができる。

 

それって、Aさんが思っているよりも、ずっと、ずっと、ずーっとすごいことなのよ。

 

Aさんはまだ、なんにも失ってはいない。

そして、Aさんの手は、これからAさんが望むだけの、「すばらしいこと」をつかみ取ることができる。きっとできる。

 

どんな選択でも応援するけれど、たとえばそれがギブアップであっても、ちっとも悪くない。それでいいの。Aさんはなんにも悪くない。

 

それでも、選択の重みに耐えられなくなって、不安になって、つらくなったら、いつでも呼んでね。

たとえ地球の裏側にいたとしても、すぐに駆けつけるから。

実際には新幹線で着いちゃうけど。ふふ。

 

ねえ、だって、友だちでしょ。

そうでしょう?