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大阪からの1泊小旅行 その2

岡山への小旅行。

 

後楽園、岡山城そして竹久夢二郷土博物館を後にして、普通のブログならここで、

「宿泊先のホテルの様子」とか、

「夕食のメニュー」なんかを紹介するんだと思うんです。

 

でも、それはできないの・・・。

なぜかと言うと、

 

スマホのストレージがいっぱいになったから」

 

写真撮れないじゃない!ストレージいっぱいだって!

と騒いでいると、

 

「だからPCに移しとけばよかったのに。」

 

と娘に言われ、

 

「どうやって?」

 

と旅先で聞く私・・・。相変わらず機械に弱いマミーです。とほほ。

仕方なく、夕食の後に、古い写真をスマホからせっせと消去するという、チマチマ単調な作業をする羽目になりました。

 

めんどくさかったです!(←どうでもいい報告)

 

ちなみにお食事、おいしかったです。写真はないけど。

ホテルに到着したのが少し遅かったせいでしょうか、大浴場も私たちで独占状態で、温泉も露天風呂もたっぷり楽しめました。写真はないけど。(←当たり前)

 

(でも岡山って、大阪以上に乾燥しているのですね・・・。

加湿器もお部屋に用意されていましたが、翌朝は喉がカラカラになって目が覚めました。

瀬戸内の気候は関西とはちょっと違う…夜は濡れタオルなどをお部屋に大量に!干しておくことを強くオススメします。)

 

 

で、岡山の2日目。

お出かけ先は、倉敷市大原美術館」。

先日のエントリーのコメント欄で、isakuさんに「次は大原美術館かなあ」と言われた時はびっくりしましたが、よくよく考えたら倉敷を訪ねて大原美術館を外す人はいないのかもしれませんね。

脱線しますが、isakuさんってほんとになんでもよくご存知ですよねえ…そしてどの街にも必ず思い出がある…神出鬼没にもほどがあります。

これってあれかな、「海の男には港、港に恋人がいる♡」ってやつでしょうか??

そこのところ、どうなんでしょう?isakuさーん?(←どさくさに紛れて野次馬根性を発揮)

 

ま、isakuさんにはそのうち、そのあたりをゆっくり記事にしていただくことにして、

大原美術館のお話しに戻ります。

 

天領だった江戸時代の風情を色濃く残した倉敷美観地区ですが、そこに唐突に現れるこの西洋風建築。

 

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でも不思議と街の景観としっくり馴染んでいて違和感がありません。

好きだなあ、この建物。

isakuさんが「中に入らず道端に腰かけてるのも好き」とおっしゃる気持ちがよくわかります。

 

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建物正面の窓枠の柵もこんなに凝ったデザイン。

錆の色にも味わいがあります。ryoさんのブログを思い出す感じ。ryoさんのような素敵な写真は撮れないけれども。

 

建物内部は撮影できないので、せめて正面の銅像だけでも。

 

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ロダン「洗礼者ヨハネ」・・・よかった、お盆の上の首じゃなくて・・・。

 

もうひとつロダン

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カレーの市民

中学生のころ、この銅像を美術の教科書で見ました。

以来、この英雄的なカレーの市民6人のことがずっと頭の中にありました。

市民を守るために、処刑覚悟で出頭した6人の市民。一体どんな気持ちで英国王エドワードの元へ引き出されていったのでしょう。

幸い、処刑は免れたようですが、彼らがその後どんな人生を送ったのか、興味は尽きません。

最近、移民や難民が殺到する街として有名になりましたが、私の中では「カレー」と言えば、真っ先にこの銅像のことが頭に浮かびます。

 

大原美術館には、エル・グレコの「受胎告知」など、有名な作品がたくさん収蔵されていて、どの作品も楽しめました。

東京でもない、一地方都市の美術館でこれほどの作品が集められているのは耳目に値すると思います。

また、モネ、クールベ、モジリアニ、ゴーギャンなど、日本人好みの作品があるのも人気の理由ではないかと思います。

 

けれども私が今回一番驚いたのは、

フレデリック・レオン「万有は死に帰す、されど神の愛は万有を蘇らしめん」

という作品。

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本館2階入口の頭上の壁に展示されているこの作品。(写真はネットからお借りしました。実物はもっと色が鮮やかな感じ。)

「すごい」としか言いようがない、圧巻の存在感です。

本館の横幅は、この作品に合わせて決定されたというくらいですから、大原美術館を代表する作品のひとつと言っても過言ではないと思います。

なにしろ25年もかけて描かれた本作品…25年ですよ!25年!

収集のためにフレデリック・レオンのアトリエ(ベルギー)を直接訪ねて行った児島虎次郎の熱意にほだされたのでしょうが、フレデリック・レオンはよくぞ手放したものだと思います。

私だったら絶対イヤだな…。同じヨーロッパにならともかく、極東の島国なんかに買われて行ったら、生涯二度と見られなくなっちゃうもの・・・。(児島虎次郎がこの作品を購入したのは大正12年。世界は今よりもっと広かったと思うのです。)

  

私にはキリスト教の素養がありませんから、作品のモチーフについてはなんとも言えませんが、神によって復活する人々の姿よりは、神の怒りによって業火に焼かれ、岩に打ち付けられる人々の累々たる死体、またその惨状を見ていられないと言わんばかりに、顔を手で覆われる神の姿が印象的でした。

 

大原美術館にお出での際は、ぜひぜひこの作品に注目してみてください。

・・・とわざわざ言わなくても、誰もがこの作品にくぎ付けになることでしょう。

すごい作品を見ました。

 

税金を投入して建てられたわけではなく、一個人が情熱と私財を投じてこれだけの美術館を建てたなんて。

今とはもちろん時代が違うのでしょうけれども、やっぱり当時でも大変なことであったに違いありません。

創始者大原孫三郎氏には、心からの敬意を感じます。

 

長くなりました。もう少し続きます。

退屈だと思いますが、次回もお付き合いいただけるとうれしいです。

 

 

おまけ。

 

大原美術館の窓柵の錆を見てryoさんを思い出していたら、そのryoさんが倉敷のご出身と知りました。びっくり。

 


 

◇港どころか、すべての街に恋人がいるんじゃないかとちょっと勘ぐってしまうisakuさんの倉敷の思い出はどんなのかなー。

 


 

大原美術館の収蔵品の多くを買い付けた画家・児島虎次郎が、ベルギーの美術学校で学んでいたと知って、思わず連想したのはもちろんセネシオさまのこと。

 


旅先でなにを見てもなにを聞いても、お気に入りのブロガーさんのことを思い出すのに、スマホのカメラの管理もできず、しかもちゃんとしたカメラも持たずに旅行に行く私・・・。

自分もブログを書いてるという自覚が希薄すぎて反省中です。